小さな小さな娘だった。
転んで自分で起き上がれなくて抱っこした。
ピアノを弾くのが大好きで、一生懸命練習していた。
少し負けずきらい、そしてがんばりやな娘。
大切に大切に、育てた娘なんだ。
本当は自分が エスコートするはずだったんだ。
今度は隣を歩いてくれる新郎へ、自分が渡すはずだったんだ。
せめて最後に一緒にそこまで歩けたら。
それは、急な依頼だった。「急に1か月前から歩けなくなってしまって・・・」病棟でお会いした新婦さんのお母さんは、そう言いながらも、明るくご主人の症状について説明して下さった。
「ね、お父さん!そうでしょ!大丈夫よ!」新婦さんはとても明るい印象。
当のお父さんは寡黙で、あまりお話は好きではないタイプ??かな?初めてお会いした時はそんな印象。ベッドに横になったお父さんはベッドの端ぎりぎりまでの身長で、とても大柄な方だった。
「リハビリはしているんですが、まだこれからですね・・」「お父さん、こちらのみなさんがついてきてくださるから、大丈夫よ。」
それからお父さんは足を動ける範囲で動かしてみせてくださった。かすかに膝を曲げ、足先が動いた。
移動は全部、車いすだな・・。移乗は全介助、おむつ交換・・
長時間は、難しいかもしれない、挙式だけの参加??
サポートする私たちはそんなイメージを頭に描いた。
当日、病棟までお迎えに上がると、ベッド端に座り、着替えをするところだった。チェックのシャツに左手を通し、右手をあげた瞬間少しグラッと傾く。
どこかにつかまらないと座るのが大変なのだ
スラックスに着替える瞬間に、何とか足の筋力と柵を握る腕の力で立つことができた。
もしかしたら、支えればぎりぎり立つことができるかもしれない
少しほっとして病院を出発した。
会場についてからは、ご友人やご親族の関係者と歓談をして過ごされた。久しぶりの外出、幼なじみの友人とコーヒーを飲みながら、楽しそうな笑顔が弾む。
人柄は最初にあったイメージを、いい意味で裏切られた。とても話好きで豪快で、ユーモアにあふれたお父さんだったのだ。モーニングに着替えると、体格も相まって、皆が驚くほどとても素敵なお父さんに変身した。
いよいよ挙式。車いすのまま一番の席へ。新婦さんは叔父さんとバージンロードを歩かれるとの事。
一同が席を立ちバージンロードを見つめる。 扉が開く・・・新婦さんの姿が見えた
その時、ぐっと、腕の力をふりしぼって、お父さんが立ち上がった!!
とっさに私たちは、背中を支えた。びっくりした。
だんだん近づいてくる新婦さん、2メートル、1メートル・・そしてお父さんの脇を歩いていく背中を支えている私達の腕が揺れている????
そう思って見上げると、お父さんは肩を震わせて静かに泣いていた。周りを気にせず、お顔をくしゃくしゃにして・・・私たちも、支えながら視界がかすむ。
・・・今日は隣を歩く最後の日。父の手からの新たな旅立ち、今度は隣を歩いてくれる新郎へ。
でも、でもやっぱり本当は自分の手から・・せめて最後に一緒にそこまで歩けたら。
披露宴の最中、お父さんは、おいかけるように新婦さんの写真を撮っていた。隣に座る奥さんは、にこにこ、ずっと微笑んでいた。
あまり器用ではないお父さんが、新婦さんの笑顔の表情を見つけては、シャッターを切っていく。何度も何度も。ピントがずれた・・・。背景が暗いね・・・。首をかしげながら、撮り続ける。何度も。
納得がいかない、いい写真が撮れない・・・。
ファーストバイト、ピアノ演奏、一番近くで写真を撮る。そんなお父さんに新婦さんが気づいて、笑いながら手を振る。
病院から禁止されているお酒も少しだけ、口にした。
お祝いの席だからね。これもご愛敬とばかりに私達に目配せする。茶目っ気たっぷりに、披露宴を楽しんで。
「挨拶に行ってくるから」とお父さん。
私達が車いすのお父さんの移動を手伝いながら、相手の両親、兄弟にお酌をしてまわる。頭を下げ、丁寧にあいさつをする。それは父親としてどうしてもしたかったこと。
そして、最後の新婦さんのお手紙と花束贈呈。スポットライトを浴びたその瞬間。
再びお父さんは力を振り絞り、そして立ち上がった。
帰りのタクシーで、少し小雨が降り出した。暗くなった道路を見つめていた。思い思いに今日の出来事を振り返る。お疲れになったかな?と思っていると、「そこの蕎麦屋おいしいんだよ」そっと教えてくれた。もうすぐ退院。「また食べに行けるといいですね」
あっという間に病院に到着した。そして大事なカメラをテーブルに置いておく。
後日、奥様から手紙をいただいた。「主人は、結婚式で撮った写真を何度もみかえしています、本当にありがとうございました」
毎日写真を見つめるお父様の笑顔が目に浮かぶ。もうすぐ、自宅で眺められるのだ。
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